私の異文化体験談

異文化の教室で戸惑った私:「正解」を探す学び方から、「問い」を深める学び方へ変化した価値観

Tags: 海外移住, 異文化理解, 価値観の変化, 学習体験, 教育システム

私が海外での生活を始めた頃、最も新鮮で、そして戸惑いを感じた場所の一つに、「教室」がありました。特に、授業への臨み方や、先生やクラスメイトとの関わり方において、日本で慣れ親しんだスタイルとの大きな違いに直面したのです。それは、単に言語や習慣の違いというだけでなく、学びそのもの、そして「知性」や「成長」に対する価値観の根底を揺るがすような体験でした。

日本の教室と海外の教室

日本の学校教育では、先生の話をしっかりと聞き、ノートを正確に取り、教科書の内容を理解し、試験で「正しい」答えを書くことが良いとされる傾向が強いと感じています。もちろん、議論や発表の機会もありますが、どちらかというと「知識を吸収し、正確に再現する」能力が重視される側面があるのではないでしょうか。私自身も、そのような環境で育ち、授業中は静かに先生の話を聞くのが当たり前だと考えていました。

しかし、海外の大学の教室に入った時、その「当たり前」が全く通用しないことに気づかされました。授業が始まると、先生が一方的に話す時間は少なく、学生たちが積極的に発言し、質問し、時には先生の意見に異議を唱えるのです。初めは、彼らがなぜそれほどまでに活発なのか理解できませんでした。静かに座って聞いている方が、先生の話を効率よく頭に入れられるのではないか、と思っていたからです。

「正解」を探すことから「問い」を立てることへ

日本の教育で培われた私の学び方は、「先生や教科書が示す正解をいかに早く正確に見つけ出すか」に焦点を当てるものだったように思います。しかし、海外の教室では、議論の中心は必ずしも「正解」ではありませんでした。むしろ、一つのトピックに対して様々な角度から光を当て、異なる意見や解釈をぶつけ合い、新たな「問い」を生み出すこと自体が重視されているように見えたのです。

ある授業で、先生がある理論について説明した後、「これについてどう思いますか?」と問いかけました。日本の感覚では、ここで求められているのは理論への理解を示す正確な回答だと考えがちですが、クラスメイトたちはそれぞれの経験や他の知識を引き合いに出しながら、その理論の限界や、自分たちの社会ではどう当てはまるか、といった多岐にわたる意見を述べ始めました。

最初は、「正しい」意見を言わなければ恥ずかしい、という思いから発言をためらっていました。しかし、議論が進むにつれて、彼らが言っていることの「正しさ」よりも、それぞれの視点の「面白さ」や「深さ」が評価されているように感じられるようになりました。先生も、「それは興味深い視点ですね」「その疑問は重要です」といった言葉をかけ、学生たちの発言を促します。

この経験を通して、私は「学び」に対する価値観が大きく変わるのを感じました。学ぶことは、既に存在する正解を吸収することだけではなく、自ら問いを立て、探求し、他者との対話を通して理解を深めていくプロセスなのだと気づいたのです。「分からないことを質問する」のはもちろんですが、「分かっていることに対して疑問を持つ」「違う角度から見てみる」ことの価値を、彼らから学んだように思います。

評価方法の変化と「成長」の新しい形

また、評価のされ方も、私の価値観に影響を与えました。試験の点数だけでなく、授業中の発言、プレゼンテーション、グループワークへの貢献度、そしてレポートの「オリジナリティ」や「クリティカルシンキング(批判的思考)」が非常に重視されたのです。

日本のレポートといえば、参考文献をきちんと引用し、論理的に構成することが求められますが、海外ではそれに加えて、「あなた独自の視点は何か」「そのテーマについて、あなたはどのように考え、何を付け加えることができるのか」といった点が強く問われました。最初は、自分の意見など取るに足らないのではないか、と自信が持てませんでしたが、先生やクラスメイトは、私の拙い英語での意見にも耳を傾け、フィードバックをくれました。

この経験は、「知性」とは、どれだけ多くの知識を持っているかということだけでなく、「自分で考え、それを表現し、他者と共有できるか」ということでもあるのだと教えてくれました。そして、「成長」とは、正確な知識を積み重ねることだけでなく、自分自身の考えを深め、表現する力を磨いていくことなのだと実感しました。

異文化の教室が教えてくれたこと

異文化の教室での経験は、私にとって大きな転換点となりました。受動的な学びの姿勢から、積極的に関わり、問いを立て、自らの意見を形成し表現していく能動的な姿勢へと変化していったのです。この変化は、教室の中だけに留まらず、その後の海外での人間関係や、帰国後のキャリア観にも大きな影響を与えました。

自分の意見を持つこと、それを恐れずに表現することの大切さ。多様な意見があることを前提に、建設的な対話を行うことの重要性。そして、正解は一つではなく、物事を多角的に捉えることの豊かさ。これらは、異文化の教室が私に教えてくれた、何物にも代えがたい価値観の変革でした。

もし、あなたがこれから異文化の環境に飛び込む機会があるなら、ぜひ、その教室の空気を感じてみてください。そこには、きっと、あなたがこれまで知らなかった「学び」や「知性」、「成長」の形があるはずです。そして、その体験は、あなたの持つ価値観を広げ、新たな自分自身を発見するきっかけになるかもしれません。